東京地方裁判所 平成3年(ワ)14316号 判決 1993年4月26日
主文
一 被告株式会社住研リホームは、原告に対し、金二五五万円及びこれに対する平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告の被告株式会社住研リホームに対するその余の請求及び被告有限会社北城館、同有限会社泉商事、同芦沢章に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用中、原告と被告株式会社住研リホームとの間に生じたものはこれを八分し、その一を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間に生じたものは原告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
理由
一 請求原因1の事実については、原告と被告泉商事及び同芦沢との間では争いがなく、その余の被告らとの間では、《証拠略》によつてこれを認めることができる。
二 請求原因2のうち、三回にわたつて本件漏水事故が発生したこと、その二回目、三回目は平成三年一月一二日頃と同年二月一三日であることは、当事者間に争いがない。そこで、本件漏水事故の原因等について検討するに、右争いのない事実に《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
1 被告北城館は、平成二年一〇月四日、本件建物の二階部分四九・五〇平方メートル(以下「二階部分」という。)をスナック喫茶の店舗として賃借した。右賃借部分は、それまで歯科医院として使用されていたもので、被告北城館は、賃借後、被告住研リホームに対して、その改装工事を依頼し、被告住研リホームは、平成二年一〇月下旬頃から、床と天井を全部取り外しスナック喫茶用の店舗として改装するための工事を開始した。
2 被告住研リホームは、下請けの作業員を使つて、平成二年一一月四日、床と天井の解体工事に付随して、室内に設置されたファンコイルユニット(室内空調機)を撤去する作業を行つたが、その際、作業員が、ファンコイルユニット内の水抜き処置をせずにこれを撤去したために、同ユニット内にあつた滞留水が床のスラブ上に流出してしまつた。その結果、階下の本件店舗カウンター前の天井の照明器具のあたりから漏水したが、このときは、原告としては雨漏りではないか思つたというのであり、それ程大量の水漏れということではなかつた。
3 その後、特段のことはなかつたが、平成三年一月一二日の午後三時頃、再び本件店舗厨房内のガス台付近の壁面あたりからバケツ一杯程度の量の水漏れが発生した。直ちには原因が分からず、同月末、被告住研リホームの現場監督らが一階の本件店舗の天井裏に入つて調査した結果、既設の排水管が下に押し下げられていることが判明し、結局、右の水漏れは、被告住研リホームの使用した作業員が、床工事を行つた際に、既設の排水管に支障が生じないかどうかを確認することなく、スラブの上に出ていた配管(ファンコイルユニット用の排水管)を切断し、その切断部にカバーをしないままスラブ下に押し込んだために、横に走つていた排水管に勾配が生じてしまい、たまたま注水検査を行つた際、その水が右切断部からスラブ下(一階天井裏)に流出したことによるものであることが確認された。そこで、その切断部にプラグ止めの処置を施し、注水検査をしたところ、今度は、漏水等の異常は生じなかつた。
4 平成三年二月一三日の午後六時頃、またしても、本件店舗の座敷部分の天井から漏水が発生した。当時、二階部分の改装工事はほぼ完了していたが、右漏水は、二階部分の厨房の流しに接続した既設の排水管が管詰まりを起こしており、当日、厨房の流し場から流した排水がいずれかの配管口から漏れたもののようであり、同月一六日に既設排水管の使用をやめて新規の配管を施してから以後は、漏水事故は一切発生しなくなつた。ところで、右管詰まりの原因は必ずしも定かではないが、被告北城館の賃借前、歯科医院が二階部分を使用していたときには漏水事故が一度もなかつたことなどからすると、その原因は、二階部分の内装工事中に、被告住研リホームの使用した作業員が何か詰まるようなものを排水管に流したことによるものではないかと推認することができる。
《証拠判断略》
三 そこで、本件漏水事故についての被告らの責任の有無について検討する。
1 被告らの民法七一七条に基づく責任について
前記認定のとおり、本件漏水事故は、いずれも被告住研リホームが使用していた作業員(同被告の指揮監督下にある作業員)の工事施工上の不注意によるものであつて、人為的なミスを原因とするものであり、原告が主張するように空調設備や排水管の瑕疵によつて生じたものということはできないから、本件漏水事故につき、被告らに民法七一七条による責任を肯認する余地はない。
2 被告北城館及び同住研リホームの民法七一五条に基づく責任について
前記認定のとおり、本件漏水事故は、いずれも被告住研リホームが被告北城館から請け負つた内装工事を施工するにあたり、その使用していた作業員(同被告の指揮監督下にある作業員)の過失によつて発生したものというべきであるから、被告住研リホームは使用者として、民法七一五条に基づき、本件漏水事故によつて生じた損害を賠償する責任があるというべきである。
これに対し、被告北城館は、二階部分の内装工事を被告住研リホームに請け負わせた注文者であり、注文又は指図について同被告に過失があつたと認めるに足りる証拠はないから、同被告は、本件漏水事故について、不法行為の責任を負うものではないことは明らかである(民法七一六条)。
3 被告泉商事及び同芦沢の債務不履行責任について
既に説示したとおり、本件漏水事故は、専ら被告住研リホームが使用していた作業員の過失によるものであつて、本件漏水事故につき、被告泉商事及び同芦沢には、本件店舗の貸主として責めに帰すべき過失があつたとは認められず、同被告らの債務不履行をいう原告の主張は失当というほかない。
四 次に、本件漏水事故による原告の損害について検討する。
1 原告が本件店舗において焼肉店を営んでいたことは、当事者間に争いがない。原告は、本件漏水事故の結果、右焼肉店の営業を廃止せざるをえないことになつた旨主張し、《証拠略》によれば、原告は、三回目の漏水事故(平成三年二月一三日)後、本件店舗での営業をやめ、同年七月に別の場所で割烹料理店を始めたことが認められる。
しかしながら、《証拠略》によれば、原告は、平成三年一月末、被告北城館に対し、損害賠償の請求書を提出しているが、その中では、「これからも一、二階の店子として末永い付き合いが続きますことを考え」て、最低限の請求をするとあり、原告としても、当時は、本件店舗での営業をやめるなどということは考えていなかつたこと、第三回目の漏水事故の三日後には、被告住研リホームが新たな配管を設備し、それ以降は水漏れは生じなくなつたこと、本件漏水事故は、いずれも二階部分の工事に伴つて発生したものであり、その原因さえ確認されれば容易に是正しうるものであつたこと、本件漏水事故が原告にとつて不快なものであつたことは推測するに難くないが、それ以上に、原告が営業を継続していく上で、客観的な支障を来したとまでは認め難いこと(原告は、本人尋問において、本件漏水事故のため、近所でいい噂でない評判が立つていた旨供述しているが、具体性を欠いており、また、これを裏付ける客観的な証拠もなく、たやすく措信することはできない。)に加え、既に認定した本件漏水事故の内容及び程度を併せ考えると、本件漏水事故によつて、本件店舗における営業を廃止せざるをえなくなつたとまでいうことはできず、原告が焼肉店の営業をやめたことと本件漏水事故との間には相当因果関係を肯認することができないというほかない。
したがつて、本件店舗における営業を廃止したことによる原告の損害はこれを認めることができない。
2 次に、原告は、本件漏水事故によつて修理費用等の損害を被つた旨主張するので、検討する。
(一) 修理費用について
原告は、本件漏水事故によつて本件店舗がどのような内容、程度の損傷を受けたか具体的に主張していないが、前記認定の本件漏水事故の内容に照らせば、本件漏水事故によつて本件店舗の内装等が汚損したであろうことは推認するに難くないところ、《証拠略》によれば、三回目の漏水事故の発生後、被告北城館が賠償責任保険に加入していた日新火災海上保険株式会社の担当員が本件店舗の被害状況を調査し、修理等のための損害額を合計二五五万円と査定していることが認められ、被告住研リホームも、右査定内容につき特に強く争つていないことからすれば、右金額をもつて、本件漏水事故により本件店舗の内装等を汚損されたために被つた原告の損害と認めるのが相当である。
(二) 休業による損害について
原告は、修理工事完了後、営業を再開するまでの間の休業による損害を主張するが、何故、修理工事を完了した後に休業せざるをえないのか全く明らかでなく、右主張は失当というほかない(なお、修理期間中の休業損害を主張する趣旨を含むものであるとしても、本件においては、前記内装等の修理のために必ず営業を休止しなければならないものであるかどうか、修理に具体的にどの程度の時間が必要となるのかが全く不明であつて、修理のための休業損害もこれを認めることはできない。)。
3 結局、被告住研リホームは、本件漏水事故による損害賠償として、右修理費用二五五万円を支払う責任があるものというべく、原告の請求は右の限度で理由があることとなる。
五 造作代金請求について(被告泉商事及び同芦沢に対する選択的請求)
1 《証拠略》によれば、原告と被告泉商事及び同芦沢との間の本件店舗の賃貸借契約が終了したこと、原告が右被告らに対し、平成三年三月二日、本件店舗に付加された一切の造作について、造作買取請求権を行使する旨の意思表示をしたことが認められる。
2 借家法五条にいう造作とは、建物に付加された物件で、賃借人の所有に属し、かつ建物の使用に客観的便益を与えるもの、すなわち客観的にみて建物の一般的な使用価値を増加させるものをいうと解すべきである。したがつて、建物に設備されたものでも、家具や什器等のように物理的、経済的に独立性を有するものは、借家法五条にいう造作とはいえないし、また、営業用店舗に見られるような賃借人の営業の内容に応じて施された内装、造作は、通常、他業種の営業にはそのまま利用できず、また、賃借人の個性や好みに左右されるところが大きいことから、特段の事情のない限り、賃貸目的物の一般的な使用価値を増加させるものとはいえないとみるのが相当である。
ところで、《証拠略》によれば、<1>原告は、昭和五七年二月頃本件店舗を賃借し、スナックバーの店を営んでいたこと、<2>その後、昭和六三年一一月頃、スナックバーをやめて焼肉店を始めることとし、賃貸人の承諾のもとに、店内の改装を行い、排煙設備等の設備を施したこと、<3>原告は、三回目の漏水事故の後、本件店舗での営業をやめることとし、移転先を探したが、焼肉店としての適当な物件がなかなか見つからず、結局、平成三年七月になつて割烹料理店を始めたこと、<4>そのため、原告としては、本件店舗に設備した無煙ロースター(焼肉用テーブル)、大冷凍冷蔵庫、高性能冷蔵庫、三連式の流し、照明器具なども不必要となり、買い手もつかなかつたため、これらを持ち運び可能な備品もそのまま残したまま、平成三年五月、本件店舗を明け渡したこと、<5>被告泉商事では、新しく本件店舗を賃貸するために、同被告の費用負担のもとに、原告が残した備品、造作等を撤去したこと、が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
3 右認定した事実によれば、原告が主張する造作等のうち、無煙ロースター(焼肉用テーブル)、大冷凍冷蔵庫、高性能冷蔵庫、三連式の流し、照明器具(シャンデリア)は、いずれも持ち運び可能なものであり、物理的、経済的に独立性を有するものというべきであるし、これらを造作と認めることはできない(大冷凍冷蔵庫のように重量があり、仮に収去に費用を要するからといつて、そのことのみをもつて造作に当たるとすることはできない。)。
また、看板は、原告が本件店舗を特定の用途に使用するために特に付加したもので、本件店舗の賃貸物としての一般的な使用価値を高めるものとは認められず、造作に当たるということはできない。
更に、内装(壁・天井の木工事、カーペット、トイレ、自動ドア等の内装一切)については、前記のとおり、業種や賃借人の好み等によつてそのまま利用できないものであり、特段の事情の認められない本件においては、賃貸目的物の使用価値を増加させるものということはできず、これを造作と認めることは相当でない。
また、前記冷蔵庫等を除く電気関係(電気工事、空調設備)のうち、空調設備は、原告の営業が焼肉店であり、臭いや煙りなどの影響を免れず、他業種の営業にそのまま利用しうるとは限らないことが窺われ、これを造作と認めることは相当でないし、また、原告が主張する電気工事なるものは、その内容が定かでなく(《証拠略》には、別途主張している照明器具の費用と重複している部分があるのではないかとの疑念もある。)、それが賃貸目的物の一般的な使用価値を増加させるものであると認めることはできない。
4 したがつて、原告の本件造作買取請求は認められず、その代金請求は失当というほかない。
六 以上のとおりであつて、原告の本件請求は、被告住研リホームに対する民法七一五条に基づく二五五万円の損害賠償金とこれに対する不法行為後の平成三年一〇月二四日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから、これを認容することとし、同被告に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 佐藤久夫)